Relativistic Heavy-Ion Collisions




高エネルギー重イオン衝突

クォーク・グルーオン・プラズマを実験室で生成し、その特性を調べる手法として高エネルギー重イオン衝突があります。重イオン、すなわち金や鉛などの重い原子核同士を光速近くまで加速し、高エネルギーで衝突させ、 衝突直後に高温・高密度物質を生成します。 衝突させるのは 原子核同士ですので、十分大きな体積でかつ、高エネルギーでの衝突あれば、相転移温度を十分超える高温物質の生成が期待できます。



クォーク・グルーオン・プラズマを生成する試みが、1980年代より本格的に始まりました。 1980年代から、米国ローレンスバークレー研究所のBEVALAC加速器や、米国ブルックヘブン国立研究所(BNL)のAGS加速器や欧州共同原子核研究機構(CERN)のSPS加速器を用いた実験が行われて来ました。BNL-AGSでは核子あたり10GeVの金の原子核ビーム、CERN-SPSでは核子あたり200GeVの硫黄ビーム、核子あたり160GeVの鉛ビームを用いた固定標的実験が行われてきました。 2000年より、世界初の衝突型ハドロン加速器BNL-RHIC加速器(周長3km)が、2009年からは欧州CERN-LHC加速器(周長27km、山手線1周)が稼働を開始し、これまでの10~100倍も大きな衝突エネルギーでの検証が可能になりました。

現在の研究の中心は、このRHICとLHCです。RHICの特徴は、衝突エネルギーが可変であること(核子対あたりの重心系エネルギー=7.7 - 200 GeV)、様々な核種を周回できることが挙げられます。LHCは、RHICと比べてエネルギーが30 倍弱も大きく、TeVのエネルギーで重イオン衝突を行うことができます。RHICは重イオン実験のための加速器でありますが、LHCは陽子+陽子衝突による高エネルギー素粒子実験が主目的なので、重イオンランは年に1ヶ月程度しか行われません。

CERNでは、LHC加速器の後続計画 Future Circular Colliderが検討されています。80kmにもなる超巨大な計画です。FCCが実現すれば、衝突エネルギーがさらに10倍弱も大きくなります。

高エネルギー重イオン衝突と時空発展

衝突直後にクォークグルーオンプラズマが生成されますが、残念ながら、このクォークグループプラズマは急速な膨張に伴い一瞬のうちに冷却して、最後はハドロン物質に戻ってしまいます。クォークグルーオンプラズマの寿命は10fm/cくらいです(10^-23秒)。下の図が、高エネルギー重イオン衝突の時空発展の概念図になります。

衝突直前の重イオンは相対論的な効果(ローレンツ収縮)で、パンケーキのように潰れています。このパンケーキが衝突し、衝突のエネルギーが非常に狭い空間(6fm程度)に落とされます。このエネルギーが熱エネルギーに転化し、衝突直後の非常に短い時間でクォーク・グルーオンプラズマが誕生します。我々の実験結果から、このクォーク・グルーオンプラズマは、相対論的流体力学で記述されるような流体的な膨張を受けます。この膨張に伴い、クォーク・グルーオンプラズマの温度は減少し、相転移温度付近まで下がるとハドロンの生成が始まります。徐々にクォーク・グルーオンプラズマからハドロン物質に転移し、ハドロンは非弾性散乱や弾性散乱を繰り返しながら、やがてハドロン間相互作用の終焉(フリーズアウト) を迎えることになります。

平野哲史氏(上智大学)による、相対論的流体力学計算による高エネルギー重イオンの時空発展

RHICが作成した高エネルギー重イオン衝突の動画

どうやってQGPの性質を探るのか?

高エネルギー重イオン衝突は非常に複雑な時空発展を辿ります。クォークグルーオンプラズマはすぐにハドロン化してしまいますので、直接的に検証することは難しいです。では、どうやってQGPを検証するのでしょうか?その主だったものを列挙します。


低い運動量ハドロンの測定:

低いハドロンの種は、クォークグルーオンプラズマを構成するパートンそのものです。ハドロンの収量、運動量分布、方位角度分布から、クォークグルーオンプラズマがどのように時空発展を遂げてきたかがわかります。ハドロンの収量はグランドカノニカルアンサンブル統計則に従うことが分かっているので、収量から化学凍結温度やバリオン化学ポテンシャルがわかります。また、横運動量分布から、クォークグルーオンプラズマがどのくらいの速度で膨張しているかがわかります。衝突反応面からの角度分布から、クォークグルーオンプラズマの集団運動を知ることができます。


・ストレンジネス

ストレンジネスクォークは核子+核子衝突では作り難い一方で、クォークグルーオンプラズマ中では、ストレンジネスクォークの質量も軽くなるので、沢山のストレンジネスクォークペアを作ることができます。重イオン衝突では、ストレンジネスバリオンの収量増大が期待されます。QGPができないときと比べると、ストレンジネス数が大きなバリオン(Ω>Ξ>Λ)ほど、収量増大は顕著になります。


・チャームやボトムの重いクォーク

チャームやボトムの質量は、RHICやLHCで達成される温度よりも大きいので、クォークグルーオンプラズマ中で生成されることは殆どなく、衝突初期のハード散乱でしか作られません。チャームとボトムクォークは、クォークグルーオンプラズマ中は、ブラウン運動をするように振る舞うので、終状態の角度分布や運動量分布から、クォークグルーオンプラズマの拡散係数を知ることができます。


・J/ψやΥのクォーコニウム

J/ψはチャームと反チャームクォーク、Υはボトムと反ボトムクォークの束縛状態です。真空中ですと、これらのクォーク・反クォークの束縛を妨げるものはありませんが、クォークグルーオンプラズマ中では、チャームやボトムクォークのまわりに、沢山の軽いクォークが存在するので、チャームやボトムクォークの色荷が遮蔽されてしまいます。結果として、周りに軽いクォークが沢山あることによって、J/ψやΥが形成されないことになります。


・熱光子や熱的レプトン対

クォークグルーオンプラズマが局所熱平衡系にあれば、そこからの熱光子やレプトン対の放出があります。その熱光子やレプトン対の収量や運動量分布を測定することで、クォークグルーオンプラズマの温度分布やその時間発展が分かります。また、クォークグルーオンプラズマの実効自由度が分かります。


・ジェットや高運動量粒子

電荷を持った粒子が物質中で相互作用をするのと同様に、色荷を持った高エネルギーパートンはクォークグルーオンプラズマ中のパートンと相互作用をして、エネルギーを失っていきます。極端な話、エネルギーを失って出てこられないこともあり得ます。結果として、高いエネルギーのジェットや高運動量粒子の収量が少なくなります。その収量から、クォークグルーオンプラズマが持つ阻止能やグルーオン密度を見積もることが可能となります。